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大阪地方裁判所 昭和33年(ワ)4723号 判決 1961年3月14日

原告 渡辺重雄 外二名

被告 村中多一郎

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は原告等に対し、二六万円を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求の原因として、

(一)  昭和三三年二月一九日原告等は被告との間に被告所有の池田市東市場町九九番地田一反二畝一五歩を代金一、三一二、五〇〇円で買受ける契約を締結し、同日手附金として一三万円を被告に支払つた。

(二)  右契約においては、被告は先ず右土地を原告等に引渡し、右土地が農地である関係上当事者双方は大阪府知事に対し農地法第五条所定の転用のための所有権移転についての許可申請をなし、右許可があつた後許可書その他移転登記に必要な書類と引換に原告等は被告に対し手附金を控除した残代金を支払うこと、債務不履行の場合には催告を要しないで契約を解除でき、不履行者が売主の場合には手附金の倍額を買主に賠償する旨の約定であり、又当時の見透しとしては前記府知事の許可は短期間内に得られることが期待されたので右移転登記に必要な書類と引換に残代金の支払をなすべき日時を一応同年三月二〇日までと定めた。

(三)  しかるに一応の約定の日である同年三月二〇日までに府知事の許可なく同年五月一八日に至り府知事の許可があつたのに拘らず、被告は約定に反し原告等への移転登記手続に協力しないのみか、同年八月には右土地を訴外須藤忠一に売渡しこれを同人に引渡して原告等への移転登記、引渡を不能ならしめた。右は被告の責に帰すべき事由によるものであるから、原告等は本訴において被告に対し前記売買契約を解除する旨の意思表示をなすとともに、前記約定に基き被告に対し手附金の倍額である二六万円の支払を求めるため本訴請求に及ぶ。

と陳述し、

被告の答弁に対し、本件土地に関する所有権移転登記残代金支払の日時を昭和三三年三月二〇日までと定めたのはあくまで一応の定めであり、且つ目的の土地が農地である本件の場合に移転登記に必要な書類中に府知事の許可書を包含することは当然であるから、府知事の許可のなかつた右日時に被告から移転登記に必要な書類全部の交付を受けることは不可能な状態にあつて、従つて原告等としても右日時に残代金を支払う義務なく右日時に残代金の支払がなかつたことを理由に原告等に債務不履行があるとする被告の主張は理由がない。又当初の契約においては、府知事の許可があり次第被告は原告等にこのことを通知し双方協議の上日時を定めて被告から原告等に移転登記に必要な書類を交付すると引換に残代金の支払を受ける趣旨、換言すれば被告より移転登記に必要な書類の提示のない限り原告等は残代金の支払を拒み得る関係にあつたに拘らず、被告は原告等に対し右履行の提供をなすことなく原告等との間の前記売買契約を原告等の債務不履行を理由に解除したものであるから、被告のなした右契約解除の意思表示はその効力を発生するに由ないと述べ、

立証として、甲第一号証を提出し、原告本人三名の各供述を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

(一)  原告等主張の請求原因事実中原告等主張の日時に原告等主張の土地について代金一、三一二、五〇〇円で売買契約が成立し、同日原告等から被告に手附金として一三万円が支払われたこと、及び原告等主張の日時に右土地について転用のための所有権移転について大阪府知事の許可があつたことは認めるがその余の事実はこれを争う。

(二)  当初の契約においては、当事者は直ちに宅地に転用のための所有権移転についての府知事への許可申請をなす予定であつたので、昭和三三年三月二〇日限り原告等から残代金の支払を受けると引換に被告は原告等に対し右府知事の許可書以外の所有権移転登記に必要な書類一切を交付すればよい約定であつて(勿論その時までに許可があつた場合は許可書も含めて)、右日時は原告等主張のような趣旨のものでなく、府知事の許可の有無に拘らず原告等は右日時に残代金を支払う義務があり、許可書は到達後原告等に交付すれば足りる約定であつた。

(三)  しかるに同年三月一四日原告等は被告に対し約定の日時までに残代金の調達ができないのでその支払を所轄池田市農業委員会の許可(農地法施行規則第六条第二項による農業委員会の府知事に対する申請書の進達を指称するものと解せられる)あるまで延期せられたい旨申出たので、被告は己むなくこれを承諾した。ところが同年四月末日頃農業委員会の許可があつたので被告は原告等に対しその旨を連絡し残代金の支払を催告したが、原告等は未だに残代金の調達ができないことを理由に大阪府知事の許可あるまでその支払を延期されたい旨被告に懇請した。同年五月二八日府知事の許可があつたので被告はその旨を原告等に伝えたが、原告等は依然残代金の支払延期を懇請するのみで、同年六月初旬には原告等から被告に対し株式会社近畿相互銀行豊中支店より融資が受けられることになり代金が支払えるから受取に来られたい旨の申入があり、被告の長女村中和子は数回原告等と同道して右銀行支店に赴いたが、遂に右銀行よりの融資も不能となつた。

(四)  被告は原告等に対し府知事の許可があつて後叙上のとおり再三にわたり残代金の支払方を催告したが原告等がこれに応じないので、同年六月一三日原告等に対し前記売買契約を解除する旨の意思表示をなし右はその頃原告等に到達した。そこで被告は同年八月一四日右土地を訴外須藤忠一、大福留吉に売渡し且つ同人等に右土地を引渡したが、右は原告等との間の売買契約を適法に解除した後のことであるから、被告の責に帰すべき事由により原告等との間の売買契約が履行不能になつたことを前提とする原告等の本訴請求は理由がない。

と述べ、

立証として、乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし六、第七号証を提出し、証人西端克己同村中和子の各証言、被告本人の供述を援用し、甲第一号証の成立を認めると述べた。

理由

(一)  昭和三三年二月一九日原告等は被告との間に被告所有の池田市東市場町九九番地田一反二畝一五歩を代金一、三一二、五〇〇円で買受ける契約を締結し、同日手附金として一三万円を被告に支払つたことは当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない甲第一号証、乙第六号証の一ないし六、原告本人三名、被告本人の各供述を総合すれば、原被告間の右売買契約においては昭和三三年三月二〇日までに双方協議の上期日を定め被告から原告等に対し右土地についての所有権移転登記に必要な書類を交付するのと引換に原告等は被告に対し手附金を控除した残代金を支払うこと、当事者の一方に債務不履行があつたときは他の一方は催告を要しないで右契約を解除することができるとともに、買主に債務不履行があつたときは手附金は売主において没収し売主に債務不履行があつたときは手附金の倍額を買主へ償還する約定がなされたこと、原告等は農地である右土地を宅地に造成して地上に住宅を建築しこれを他へ賃貸もしくは売却する目的で右契約をなしたものであるが、原被告等は農地転用のための所有権移転についての大阪府知事の許可はおそらく昭和三三年三月二〇日までになされるであろうことを予定して所有権移転登記残代金支払の時期を右日時までと定めたが、もし右日時までに府知事の許可がなかつたときいかにすべきかについては格別の話合はなされなかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

原告等は右約定の日時は一応の定めであつて約定の趣旨は右日時までに府知事の許可のないときは府知事の許可のあり次第双方協議して決定した日時に所有権移転登記に必要な書類の交付を受けると引換に残代金を支払うべきものであつたと主張し、被告は府知事の許可の有無に拘らず右日時に原告等は残代金を支払う義務があると主張するので、その点について判断するのに、およそ農地を宅地に転用のためその所有権を移転するについては原則として都道府県知事の許可を受けることが必要でその許可なき限り所有権移転の効力を生じないことは農地法第五条の明定するところであるが、宅地に転用のための農地の売買契約においては当事者双方とも目的物件が農地でありその所有権移転については都道府県知事の許可が必要であることを認識している限り、右土地の所有権移転登記には知事の許可書が必要であることも認識している筈であり、契約において知事の許可の有無に拘らず一定の日時に買主が代金を支払うことについて明らかな合意がある場合又は明らかな合意がなくても諸種の事情からそのことが推認できる場合等を除き、仮に契約において所有権移転登記代金支払の時期について同時履行の関係で一定の日時が定められていても、通常の場合代金の支払については右は知事の許可がそれまでにあることを前提としての一応の期日であつて確定的な履行期ではなく、右約定の日時までに知事の許可のないときは知事の許可がありその許可書が当事者のいずれかに交付されそのことが相手方に通知されたとき以降において確定的な履行期が到来すると解するのを相当とする。これを本件についてみるのに、叙上認定の事実に成立に争いのない乙第六号証の二、被告本人の供述により認められる昭和三三年三月中旬頃被告は本件土地についての転用のための所有権移転許可申請書に原告等の署名捺印を得た上約定の日時の二日前である同月一八日に至り漸く右申請書を所轄の池田市農業委員会に提出した事実を併せ考えれば、原被告等間の売買契約において所有権移転登記残代金支払の日時を昭和三三年三月二〇日までと定めたのは叙上説示の意味においての一応の期間であつて、当事者の意思は右日時までに府知事の許可が得られない場合には許可書交付後一定の日時を定めて許可書を含めて所有権移転登記に必要な一切の書類の交付と引換に原告等から被告に残代金の支払をなすにあつたと推認するのを相当とし、成立に争いのない乙第二号証中には前記約定の日時は原告等の代金支払については確定的な履行期である趣旨の記載があるが、右は被告の右約定についての主観的な見解を表明したに過ぎないものと認められるので、右を以て右認定を覆す証拠とはなし難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(三)  原告等は被告の責に帰すべき事由により前記売買契約は履行不能に帰したと主張し被告はこれを争うので、その点について判断するのに、成立に争いのない乙第一ないし第五号証、同第六号証の一ないし六、同第七号証、証人西端克己同村中和子の各証言、原告本人三名の各供述の各一部、被告本人の供述を総合すれば、原告等は被告と売買契約を結んで後間もなくの昭和三三年三月初頃から株式会社近畿相互銀行豊中支店に対し本件土地買受代金調達のために融資方を申込み、同銀行との間に一回七五、〇〇〇円宛二〇回掛の掛金をなすことにより三回の掛金終了のときに(同年六月中)一五〇万円の融資を受ける契約を締結したが、同年六月初旬に払込むべき掛金の支払が遅れるとともに右融資を受けるについての担保のことに関し紛争を生じ予定の時期に所期の融資が受けられなくなつたこと、一方原告等は被告に対し右売買契約において定められた一応の代金支払期日である同年三月二〇日の到来前に予め右残代金の支払が右日時に困難である旨を表明しさらに同年五月一八日本件土地についての転用のための大阪府知事の許可があり(この点については当事者間に争いがない)、右許可書が同年五月末か六月初頃池田市農業委員会において原告等三名同席のところで被告の代理人である被告の次女村中和子に交付されて後に、被告から再三原告等に対し移転登記手続に応ずるから残代金を支払われたい旨の催告がなされたが、原告等は単に代金の調達ができないという理由で猶予を求めるばかりで日時を遷延しこれに応ぜず、同年六月初旬頃前記近畿相互銀行豊中支店から融資が得られるかどうかについて確認すべく被告の次女村中和子が原告等と同道同支店に赴いたが遂にその融資も不能となつたことが判明した。そこで被告は同年六月一三日残代金支払について原告渡辺同中川を代理していた原告室留に対し書面で前記売買契約を解除する旨の意思表示をなすとともに、原告渡辺同中川に対しても同様口頭で右契約を解除する旨の意思表示をなし、その後同年八月一四日訴外大福留吉、須藤忠一に右土地を売渡し、同月一五日同人等は右土地について売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由したことが認められ原告本人三名の各供述中右認定に反する部分はたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

原告等は被告が原告等に対しなした売買契約解除の意思表示は、所有権移転登記と残代金の支払が同時履行の関係にあるに拘らず、被告が所有権移転登記について履行の提供をなすことなくなされたものであるからその効力を発生しないと主張するが、右認定の事実によれば、本件土地についての転用のための所有権移転についての大阪府知事の許可が昭和三三年五月一八日になされ、その許可書が同年五月下旬か六月初旬に被告に交付されたことは原告等の熟知していたところであり、叙上説示のとおりその頃に本件売買契約における所有権移転登記残代金支払についての確定的な履行期が到来したと解すべきところ、原告等は残代金の支払準備について十分の期間があつたに拘らず、その後被告からの移転登記についての準備完了し所有権移転登記に応ずるから残代金の支払をされたいという再三の催告に対し、支払代金の調達ができないことを理由にこれに応じなかつたものであつて、右のとおりの事情の下では被告の右行為を以て原告等との間の売買契約を解除する前提として売主たる被告がなすべき履行の提供としては十分であると認めるのを相当とするので、原告等の前記主張は理由がない。

そうであるとすれば、被告が本件土地を訴外大福留吉、須藤忠一に売却したのは、被告が原告等との間の右土地に関する売買契約を原告等の代金不払を理由に適法に解除した後のことに属し、右解除後の原告等の解除の意思表示はその効力を発生するに由なく、被告の右訴外人等への右土地の売却により原告等との間の売買契約が履行不能に帰したかどうかについて判断するまでもなく原告等の本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 戸田勝)

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